異常事態はギフト。偽の食欲が私に教えてくれたこと。
はろー。
ドゥバッチャ星人のしきたんです。
ブログお休み期間で最初にやったのは、やりたいリストづくりでした。
発端は、自分の食欲とか睡眠とかの様子がおかしいと感じたこと。
やたらと間食したい。甘いもの食べたい。
アルコールの量も増えてる。夜更かしもしちゃう。
あきらかに、何かに不満足な人の行動です。
精神的な欠乏感を満たそうと食べるパターン。
これは、まさに偽の食欲だ!!!
と思い、先日読者登録させてもらったあえちゃんのブログへ。
いつも良い記事ありがとうございます。^^
で、このブログのどこに書いてあったか探し出せないんだけど(汗)
「やりたいことリスト」を作ろう!
みたいなことが書いてあったんです。
なので、作ってみました。
普段人のことを信用しない私も、偽の食欲という異常事態でやっと人のことを信用し始めたのかもしれません。笑
「なので、作ってみました」ってさらっと言いましたが、
自分のために何か素直にアクションすることが、私はかなり苦手です。
素直に他人のアドバイスを聞くことが苦手です。
要は、人のこと信用してないんですよね〜
で、自己流でやってあまりうまくいってなくて、でもそれを認めない、みたいな。
それって損してるよってわかってますがw
この時は「今の自分は自力で何やってもだめだ!」って素直に思えて、
実践できました。こりゃ、偽の食欲に感謝感謝ですね。
偽の食欲は、今うまくいってないよ、自分が満足してないよ、悲しんでるよ、
っていう精神的欠乏感を顕在化してくれたんですよね。
何か不調とか異常事態が現れるのって、普段の自分のパターンを崩してくれる。
これって、まじでありがたいですね。
自分の中に”ドゥバッチャ”を発見。
「素直に他人のアドバイスを聞くことが苦手」って、ドゥバッチャだ、と気付きました。ドゥバッチャがいるのって超やばいよ〜〜〜
初期仏教用語です。妖怪の名前ではありません。(まあ、同じようなもんかな?)
初期仏教では「怒り」には10種類もある、と言われてるみたいなんだけど、
その中で一番私が嫌な印象を持ち、これどうしようもないじゃん、と思ったのがドゥバッチャ。嫌な印象を持ったのは、図星だったからですね。うん、よくわかりました。
Dubbaca(ドゥバッチャ)は、反抗的ということです。いつまで経っても人は完璧にならないものです。だから我々は他人から学んで、他人の指導を受けて成長しなくてはなりません。他人から学ぶことは、本当は死ぬまでやらなくてはならないことなのです。しかし、他人にやるべきことをあれこれと言われると受け入れがたく、拒絶反応が起こる。これも怒りです。
以下の書籍から引用しました。
こっちの赤い本の方が簡単に読めます(文字がいっぱいの絵本みたいな感じ)
「思考が先、現実があと」を
実は信じていなかったことに気づく
偽の食欲という異常事態のおかげでドゥバッチャが少し緩んだ私は、
もう一つ気づいたことがありました。
リベレスタの活動で、
「思考が先、現実があと」という重要なキーワードがあります。
イベントで参加者のみなさんにお伝えしている内容です。
自分の思考が現実を創り出している、ということで、つまり
楽しいな〜 って思ってたら 楽しい現実がやってくる
嫌だな〜 って思ってたら 嫌な現実がやってくる
楽しくなるために嫌な思いをして頑張っていても、楽しい現実はこない
という意味なんですが、これが自分自身腹落ちしていなかったことに気付きました。
気付きました。というか、もはや認めました。のほうが近いですね。笑
いや、なかなかこれ信じられないですよ、私に言わせればね。
(もう開き直ってやるw)
極端にいうと、例えば、
収入ゼロで減っていく一方の金銭状態でも、楽しければ全然問題ないの。
我慢して節約生活するんじゃなくて、
むしろその貯金全部使っていきたいところ行って楽しく過ごす!
そしたらもっともっと楽しいことが起こっちゃうよ〜〜!!
こんな具合なんですよ。
にわかに信じがたいわけです。
でね、だから何がいいたいかというと・・・
前述のやりたいことリストを実践してみたところ、その(思考が先、現実があと、的なトンデモワールドの)片鱗が見えてびっくりしたのです。
あくまで片鱗であって、片鱗なんだけど・・・
やりたいことリストおそるべし。
その話はまた次回に書きます〜
マハロ!