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しきたんの自由なブログ

思うことや感じることを、けっこう自由に書いてるブログ。

自分で自分をイタいと言って嗤い飛ばして蓋をする代償

ワークショップ マインド論

自分の内省とワークからの気づきのお話です。

studio-pikake.hatenablog.com

 

上記の記事で紹介したアーティスト、アンジェルレイさんの展示会イベントに行ってきた。

ジュエリーを手に取ってみたり、スタッフの方と話したりできるアットホームなイベントだった。ジュエリーや会場装飾はすごく素敵だったけどちょっとここでは失礼して割愛。。

興味がある方はぜひこちらへ。

 

 

その場で実際レイさんとお話することができて、話した内容から、

感覚が似通っている部分があって個人的にはとても嬉しかった。「4歳頃から石を拾い集めていた」という経験を共有できる人に会ったのは人生で初めてだったし、ほかにもいろいろ共通の感覚があって、私はとにかく嬉しかった。

 

一方で、やっぱり、その精神の強度・自由度に(自分との)相当差があることがはっきり分かった時間だった。

 

(なお、以前の記事を書いた時には精神的貴族育ち的に書いてしまったんだけど、その後ブログを読んでその精神面のある部分はいわゆる育ちだけじゃなくて、大人になって自分で育てて来た部分もかなり大きいんだということが分かりました。失礼しました…。で、育ちで精神的貴族なのと、後に自己努力でそのようになることの区別についてはまだ自分の中ではっきりしていないのでここでは書けません)

 

精神的強度、自由度が強いのはやっぱり自分を自分で肯定できているからに違いないんだけど、「他人がどう思おうと」自分への肯定は弱めなかったんだろうな、ということを改めて感じました。

 

 

 

そういうわけで、無意識に大きな衝撃を受けながらダウンしながら、昨日は家で一人でもくもくとイメージワークの1日だった。

 

 

結論、「自分で自分をイタいと言って嗤い飛ばして蓋をする代償 」は、本当は自分にとってどうでもいいことに忠誠を誓い、自分にとって大事なものを失うこと。

 

 

 

「私にとって大事なものと」「本当はどうでもいいもの」を書き出してみた。

 

呼吸を整え、集中して、自分に問いかけてみると、色々と出てきた。

 

・大事なもの

健康、気持ち、愛、自然、楽しさ、没頭、喜び、集中、素朴、心の中、ソース

・本当はどうでもいいもの

条件反射、建前、承認、緊張、理想、期待、恩返し、憎しみ、豪華、心の外、生きること

  

 

自分が自分にそっぽを向いた時に抱いていた心象風景を書いてみた。

 

心の中にあったもの。今でもはっきり覚えているイメージ。

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山の上でぽっかり空いた底なしの穴の淵に立っている。立っている自分の周りも暗く、闇に閉ざされている。

 

当時、思春期のころ、自分とは何なのか世界とは何か、読んでも調べても考えみても、形而上学的なことを追求しても何にもならないと思った。

私にとってそういう概念を追求することはエキサイティングだったのに、友達を作って遊ぶとか恋人を作るとかそういういわゆるリア充なことができない、経験不足な自分が何を考えてもどうせ何も分かる訳は無いのに何を言ってるんだと自分を叱咤し、世界を見に行こうと追求をやめた。深い穴の先には何も無い、考えても時間の無駄。早くここから出て行こうと思い、穴の内側を向くのをやめ、蓋をして、完全に自分の外へ向かった。 この青い箱の外へと完全に出ていって、当時感じていた気持ちも忘れていった、のだと思う。

 

 

 その心象風景の先を描いてみた。

 

上の絵の、穴の下(中)の風景イメージ。

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当時想像もしていなかったけど、穴の下には私の大事なものがたくさん詰まっていたんだと、ということが見えてきた。穴の空いた山の下にはマグマがあって、マグマはそのうち川になって、その川の下にはいろんな色の石がある。岩や緑があって、暖かい光が差し込んでいる、音の無い、満たされた世界。自分はこの世界の中にいる。自分は自然と本来同じものなんだと思った。

 

本当は私はこの世界にいられればほかに欲しいものや欲しい経験なんてなかったのに、この世界ごと蓋をして大事なものを全部ほったらかして、本来どうでも良いものを求めて出て行ってしまったんだということが分かった。

 

 

イメージを見ながら振り返ってみると・・・

 

蓋をする前、つまり思春期手前くらいの頃、思い出してみれば、私はかなり自然派で「スピリチュアルな」子どもだった気がする。

石や木や自然の中が好きで、超自然のパワーを信じていた。山に行ったら山に話しかけていた。ファンタジー小説が大好きで、精霊を信じていた。目には見えないけどきっといるのだと信じていた。魔法を使いたくて、柑橘類や木の枝を月の光にあてたり、呪文を唱えたりしていた。この世界は見えているものだけではないのだとぼんやりとした確信があった。

 

その感覚のまま育って行くにつれて、そういう感覚の自分てかなりイタいな、と思うようになった。魔法使いになりたかったことも、パラレルワールドを信じていたことも、石を大事にしている趣味も、黒歴史だと思うようになった。何の自慢にもならない、恥ずべきばかばかしいことだと思った。

スーパーナチュラル系、スピリチュアル系の小説、漫画、映画、作品群、オカルト、等、楽しみながらも心の中で馬鹿にしていた。信じることはもう無かった。

 

私は「自然」や「愛」や「楽しさ」や「没頭」を捨てて、「期待」に答えるべく「緊張」しながら「理想」を求めながら「条件反射」的な行動をしながら「生きるために」「恩返し」をするようになっていた。

 

 

要するに、自分の中ではなく外に向かっていた。

 

 

当時は自分を嗤い飛ばして外に行くというのが私にとって必要な行動だったんだと思う。だからこうして生き延びることができている。

その「自分を嗤い飛ばした自分」にも感謝しつつ、29歳までちょっと時間がかかったけど、自分にとって大事な安らかな世界を思い出せたことに大きな感謝を感じる1日だった。

 

 

もうこれからは自分が感じたいように感じるし、表現したいように表現する。誰がイタいと思っても、嗤ってきても、私は自分をイタいとは思わない。

石も、自然も、スピリチュアルも、私の一部。もともとそうであったように、今もそうなんだと思う。

 

(ということで、このブログは今後いわゆるスピリチュアルな内容も一部含まれていくと思います。)

 

 

 

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しきたん / 原口色(Shiki Haraguchi)

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